働いても働いても生活が苦しい人と消費者金融

ワーキング・プアという言葉も定着してしましました。働いても生活が苦しい人ということについては、軽々に語ることができません。ここでは、前提として、ほぼ最低賃金に近い金額で働き、家賃も相場よりもかなり安く、自家用車を所有せず最低限の生活費で生活する単身者の方や、世帯を持っていても、本当に親子がぎりぎりの生活をしている方を念頭に置いて述べます。単身者でも、お酒やタバコなどの嗜好品に多くお金を消費して生活が苦しいとか、洋服にお金がかかる、などの方を除き、生活保護の受給の一歩手前で、なおかつ就業して踏ん張っている人を念頭に置いています。おそらく、既に生活面で考える限りの節約・倹約を行っているのだと思います。後にも述べますが、まず生活の苦しさに対処する手段は、「資源(所得だけでなく)の増大」「支出の最小化」「ストレス管理」です。(「貧困とは何か」ルース・リスター著 明石出版より)所得を増やして、支出を抑えることができるのが最も良いのですが、なかなかそこが難しいというのが現実でしょう。そして「やりくり」をしても前進しないと気力がわかず、ついつい楽そうな消費者金融に手を伸ばしたくなるかもしれません。少し考えればわかりますが、高金利は、今以上の苦しい生活になり職も失うことになりかねません。ここで、資源を増やすということについて。時間を資源だと改めて考えてみましょう。感覚的には皆さんが、「そうだ」と言います。つまり家事労働や、節約は、その手間(=時間)を使うことによって、物質的な貧困を減らしている、ということができます。あるいは、時間をモノに置き換えている。一方で、貧困から抜け出すうえで最も効果が高いものは「教育」です。学校教育がすべてではありません。時間があれば公共の機関・施設を使って実際的な知識を得ることもできます。心に留めておかなければならないことは、裕福な人が時間をお金で買うのと対局に、貧困であれば、時間をかけて必要な知識を得て、粘り強く「望ましい結果」を求めて活動することが必要だということです。貧困に対処するには、時間がかかります。言い換えれば、時間という資源を使って、収益率の高い「教育」を自分で行い、貧困から脱出することが長い目でみればよい人生につながります。逆に、時間という資源を使わずに消費者金融から借りるということは、ある意味で将来の時間(=資源)を先に買ってしまうが、返せるあてもない行為を選ぶということでもあります。